「もしも未来が予知できて、それが最悪の結末だったら…?」
そう思ったことはありませんか?
今日ご紹介するたつき諒先生の著書『私が見た未来』は、まさにそんな恐怖と戦った著者の実体験を描いた戦慄の予言コミックです。
1999年に発売された初版で、東日本大震災を予言していたことで話題となりました。
噂が広まったことで人気となり、長らく「幻の書」とされた、たつき諒先生の単行本がついに復刻しました!
今回の復刻版では、漫画本編に加えて初公開となる「夢日記」の内容も収録され、なぜ表紙に「大災害は2011年3月」と描かれたのか、そして「富士山大噴火」の夢が何を意味するのかなど、今まで明かされなかった「真実」がたつき先生自身の言葉で詳細に解説されています。
未来の出来事を暗示するような夢の数々、そして、ついに訪れる「あの日」。
「2025年7月5日」… 「4時18分」・・・そう、まさに私たちが生きている「今」よりも先の未来に、一体何が起こるというのでしょうか…?
今回は、そんな戦慄と謎に満ちた『私が見た未来 完全版』について、ネタバレを交えながら詳しく解説していきたいと思います!
たつき諒先生とは一体何もの?
「予知夢を見る漫画家」という謎めいた存在に、私は強く惹かれました。
たつき諒先生とは一体どんな方なのでしょうか?
たつき諒先生は、1954年生まれの女性漫画家です。
彼女の人生は、高校時代の衝撃的な出来事から大きく変わることになります。
交通事故という不運な経験が、意外にも彼女の人生の重要な転機となったのです。
それがきっかけで、卒業後は「家にいながらできて、自分の存在の証を残せて、人前に出なくても済む仕事」を求め、漫画家を志すようになったのです。
私も学生時代は2回ほど松葉杖を使わなければならないような怪我をしましたが、そんな経験は誰もが前向きに捉えられるわけではありません。
しかし、たつき先生は逆境をバネに、漫画家の道を選んだのです。
1975年、たつき先生は『月刊プリンセス』の1975年7月号で『郷ひろみ物語』を発表し、漫画家としてデビューを果たしました。
彼女は非常に印象的な夢を見ることがあり、目覚めた後でもその内容を鮮明に覚えていることがあるそうです。
こうした夢には何らかの意味があるのではないかと考え、デビュー当時から夢をメモに記録するようになりました。
普通、私たちは朝起きると夢の内容のほとんどを忘れてしまいますよね?
たつき先生のように鮮明で印象的な夢を頻繁に見るのは、非常に特異なことかもしれません。
さらに驚くべきことに、たつき先生が夢で見た光景や出来事が、実際の現実に現れることが多々あるというのです。
皆さんは、夢で見た光景が現実になった経験はありませんか?
私は一度だけ、夢で見た景色を後日実際に目にして震えたことがあります。
そんな「デジャヴ」のような体験はそうそうあることではないですよね。
こうして、彼女は「予知夢」を見ることができる人物としても知られるようになりました。
予言者や霊能力者の中には、事故や病気がきっかけで特異的な能力が身についたというケースが多く語られているので、たつき先生も、もしかすると高校生の時の交通事故がきっかけで予知夢を見るようになったのかもしれません。
『私が見た未来 完全版』とは?
『私が見た未来 完全版』は、漫画家・たつき諒先生によって描かれた話題の作品です。
もともとは1999年に発表されていたこの作品が再び注目を集めることになったのは、終末予言や災害に関する描写が現実の出来事とリンクすることがあり、多くの読者の興味を引いたためです。
特に話題となったのが、表紙に書かれていた「大災害は2011年3月」という一文です。
これは東日本大震災を予見していたのではないかとされ、予言が的中したとして大きな注目を集めることになりました。
私は震災後にこの事実を知り、背筋が凍る思いでした。
たつき先生の予言は、自身が経験した「予知夢」に基づいています。
『私が見た未来』は、たつき先生が見た夢を記録した「夢日記」をもとに漫画化した作品なのです。

見た夢はすぐに忘れてしまうことがほとんどですが、忘れる前に書き留めるというのは面白い発想ですね。
なかなか出来そうで出来ないことですが、もしかすると私たちも予知夢を見ている可能性があるのかもしれません。
そんな風に思えてしまうほど、この漫画は私たちに強烈なインパクトを与えてくれました。
現実となった予知夢(ネタバレ含む)
私は90年代後半、ノストラダムスの大予言に悩まされた世代の一人です。
当時は様々な予言本が出版されていましたが、たつき諒先生の『私が見た未来』のことは知りませんでした。
『私が見た未来』に描かれていた予知夢の中には、個人的な話しだけではなく、有名な話しも存在します。
今回は、数ある予知夢の中でも、特に有名で現実となったエピソードをいくつか紹介していきます。
フレディ・マーキュリーの死
特に印象的だったのが、フレディ・マーキュリーの死に関する予言です。
イギリスのロックバンド「Queen(クイーン)」のボーカルであるフレディ・マーキュリー。
たつき先生はフレディ・マーキュリーに関する夢を2度見ています。
1回目は1976年11月24日。
フレディ・マーキュリーが流行り病で亡くなったというニュースを夢の中で見たとのこと。
そして2回目は1986年11月28日。
今度はクイーンが映画のメイキングを行っている場面だったとのこと。
しかし、このときクイーンのメンバーの中にフレディ・マーキュリーだけが居なかったようです。
この2つの夢を現実に起きた出来事と照らし合わせてみましょう。
まず1回目の夢を見たちょうど15年後の1991年11月24日に彼は亡くなっています。
驚くべきは日付まで一致している点です。
偶然としては出来すぎたストーリーではないでしょうか。

私はこの当時、クイーンの存在を知りませんでしたが、2004年に放送されたドラマ「プライド」で初めてクイーンの存在を知りました。
主題歌として使われた「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」は今でも好きな曲のひとつです。
また、2018年にはフレディ・マーキュリーを描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」が公開されています。
まさにたつき先生が見た2回目の夢と酷似しています。
伝説的なシンガーだけに、映画化されることは予測できたかもしれませんが、なかなかピンポイントで当たるものではないように感じます。
また、夢の中でフレディ・マーキュリーだけ居なかったということは、彼の死を暗示していたのかもしれません。
そして、フレディ・マーキュリーが居なかった代わりに、3人のメンバーの他に誰か一人居たようなのです。

もしかすると、後にクイーンと一緒に活動することになったアダム・ランバートだったのかもしれません。
一方で、2回目の夢に関しては、内容がかなり曖昧な部分があり、本当に予知夢だったかというと疑問に残る部分もあります。
日本のロックシンガーの死
1982年4月25日に日本人ロックシンガーが亡くなる夢を見たたつき先生。
このときそのロックシンガーが誰かは分からなかったみたいですが、10年後の1992年4月25日に尾崎豊さんが亡くなりました。
この予知夢に関しては、人物が特定されていないのと、時期も特定されていないため、正直なところ予知が当たっていたかどうかは微妙なところです。
ですが結果的に夢を見たちょうど10年後の同じ日に尾崎さんが亡くなっているのは偶然ではないように思います。
ダイアナ妃の死
1997年8月31日にイギリスのダイアナ妃が亡くなったの有名な話しです。
当時はニュースでもかなり取り上げられており、世界中を悲しみに包んだ事件として鮮明に覚えています。
この事件から遡ること5年前の1992年8月31日、たつき諒先生は赤ちゃんを抱いた「DIANNA」という女性が夢に出てきたとのこと。
この女性がダイアナ妃であったという認識は無かったそうですが、夢の中では「ダイアナ」と呼ぶ年配の女性の声も聞こえており、なんとその声がエリザベス女王に似ていたようです。
亡くなる日のちょうど5年前に見ている夢だけに、予知夢だった可能性が高いように感じます。
さらに、ダイアナ妃が亡くなったときには、お腹の中に赤ちゃんがいたという噂もあったので、抱いていた子はそのことを暗示していたのかもしれません。
阪神淡路大震災
1995年1月2日に赤い大地に2カ所、大きなヒビが入った夢を見たとのこと。
このとき天上の人が降りてきて、その人に「連れて行って」とお願いしたようですが、「5年後に迎えに来る 」と言われたようです。
この夢については正直よく分かりませんが、実はこの夢を見た15日後の1月17日に阪神淡路大震災が発生したのです。
たつき先生は本の中で、阪神淡路大震災のことについては触れておりませんが、天上人が迎えにくる理由については、「私の役目が終えるとき」だと解釈されています。

このことから読み解くと、阪神淡路大震災は序章に過ぎず、本当の大災難はまだ先にあるということかもしれません。
この日が2025年7月だとすると、5年後ではなく30年後ということになりますが、果たして本当のXデーはいつなのでしょうか。
東日本大震災
1999年といえば、ノストラダムスの大予言が話題になっていましたよね。
世紀末を迎えるドキドキ感と、もしかしたら本当に世界が終わってしまうんじゃないか…という不安な気持ちを抱えていた人も多いはず。
私も小学生ながらに地球はどうなってしまうのかと不安を抱いていたことを思い出します。
そんな中発売されたのが、たつき諒先生の「私が見た未来」でした。
この作品の表紙には、なんと「大災害は2011年3月」という衝撃的な言葉が…!
当時はほとんど話題にもなっていませんでしたが、2011年3月11日に東日本大震災が発生したことで、この言葉は現実のものとなってしまったんです…。
実はたつき先生は、東日本大震災よりも前に起こる災害も予知していました。
当初は表紙に「1999年の災害は小規模に、大災害は2011年3月に」と記すつもりだったそう。
実は1999年6月29日には西日本を中心とした豪雨災害が発生しており、死者・行方不明者が39人にのぼっています。
「私が見た未来」が発売されたのが1999年7月1日だったことから考えると、もの凄く近い未来も見えていたのかもしれません。
そして現実に、2011年には大災害が発生してしています。
もしもあの時、たつき先生の予知がノストラダムスの予言のように大きく取り上げられていたら…?
東日本大震災の被害は、少しは変わっていたのかもしれません…。

そう考えると、何とも言えない気持ちになりますね。
現実とならなかった予知夢
ここまで、『私が見た未来』に描かれた数々の予知夢が現実となったことについてご紹介してきましたが、実は現実にはならなかった予知夢も存在するようです。
どんな夢も必ずしも叶うわけではなく、そこには様々な解釈や認識の違いがあるのかもしれません。
それでは詳細について見ていきたいと思います。
富士山の噴火
それは単行本ではなく、インターネットでたつき先生が2021年8月に富士山が噴火すると予言していたのです。
ですが実際には富士山の噴火は起こらず、予知夢は現実となりませんでした。
しかしこの話には裏があり、実はインターネット上でたつき先生を名乗っていた人物は本人ではなくなりすましだったのです。
たつき先生自身も、この予知については否定しております。
ではなぜ富士山の噴火という予知が生まれたのでしょうか。
これについては、実はたつき先生が富士山の夢を見ていたのは事実で、初版の表紙にも記載されています。
これを見たファンが面白半分でインターネット上に投稿したのだと考えられます。
たつき先生は富士山の噴火について、噴火している夢は見たが大規模な災害にはならないと思われているようです。
富士山はこれまでに17回噴火した記録があり、過去には約50年ごとに噴火していました。
しかし、1707年を最後に300年以上も噴火していないため、「いつ噴火してもおかしくない」という危険な状態です。

この長い静寂が逆に不安を掻き立てているように思います。
自然の力は計り知れないものですが、たつき先生の言葉が現実となることを願いながら、日々の生活を大切にしていきたいものです。
2025年7月5日に起こる大災難とは?
巷でも有名な2025年問題。
たつき先生は、2025年に起こるとされている「大災難」について2度も夢で見ているとのこと。
1度目はインドに行っているときに、日本列島に南に位置する太平洋の水が盛り上がるビジョンが見えたそうです。
そして2度目に見たときに、2025年7月に大災難が起こることがわかりました。
この時、先生はまるでGoogle Earthで空から地球を俯瞰しているかのような視点で、日本とフィリピンの間の海底が突然「ポコン!」と破裂する様子を見たそうです。
その瞬間、四方へと広がる大波が大津波を引き起こし、その波の高さは東日本大震災の3倍にも及ぶというのです。
津波の規模が、東日本大震災の3倍という具体的な描写は衝撃的で、これを聞くと不安や恐怖を感じてしまいますね。
その津波は、日本列島にも押し寄せ、まさに香港から台湾、フィリピンまでが地続きになるという信じがたいビジョンまで見えていたと言います。
こんな未来が現実になってしまったら…と考えると、自然災害への備えを改めて考えざるを得ません。
さらに日本列島の3分の1から4分の1が津波に飲み込まれてしまうという光景…。
言葉を失うような恐怖に襲われますよね。

そんな津波がくるなんて想像もしたくないです・・・。
そして震源地に向かって2匹の龍が泳いでいくという映像も見たと語っており、この龍が持つ象徴的な意味—水や雨を司る存在、時には災害の象徴としてのイメージ—もまた、夢を一層神秘的で恐ろしいものに感じさせます。
たつき先生の予知夢が現実にならないことを心から祈りつつ、少しでも備えておくことの大切さを改めて胸に刻みたいと思います。
どのような未来が現れようとも、日々の小さな備えが自分や周囲を救う力になるかもしれませんね。
この予言が私たちに与える教訓は、決して無視してはならないように思えます。
2025年7月5日4時18分と言われている理由
2025年問題の中で、不思議と広がっている4時18分という時間。
なぜここまで細かい時間が広まっているのでしょうか。
『私が見た未来 完全版』を読んでいくと、その真相に辿り着くことができました。
それはたつき先生が夢を見たのが2021年7月5日4時18分だったからです。
これまでの予知夢でも、「夢を見た日」と「現実に起こった日」が一致する現象が何度も見られており、2025年の大災難についても、その傾向から「夢を見た時間」が「発生する時間」と一致するという方向へ誘導されたのだと考えられます。
この2025年の大災難については、たつき先生自身も「日付もしっかり見た」と言っているため、7月5日というところまでは予言していると考えてよさそうです。
ですが時間については、明言されていないので今のところは予言されているとは断言できません。
一方で、「夢を見た時間」をここまで細かく発表している事例は他になさそうなので、時間についても意味があるものという考え方もできます。
結論はまだはっきりしていませんが、「4時18分」は一つの指標として考えておくのも良いでしょう。
さらに、たつき先生以外にも世界各地で「2025年7月5日に大きな災難が起こる」という予知夢を見たという人が現れています。
ただし、これらは単にたつき先生の予言に影響されたのかもしれません。
心理学では「集合的無意識」という概念があります。
人間の意識は、表面に現れる顕在意識が5%で、残りの95%は潜在意識が占めていると言われています。
この潜在意識の中で、人種や国境を超えた人類共通のものが「集合的無意識」です。
たとえば、世界中に似た神話があることや、共通のSF未来像が描かれることがその証拠とされています。
予知夢もこの集合的無意識の一部として考えられるかもしれません。
大災難以降の世界は輝かしい?
2025年7月に起こるとされる大災難。
その先に広がる未来は、実は「もの凄く輝かしい」とたつき先生は語っています。
悪いことの後には必ず良いことが訪れる、と言われるように、この大災難は大きな変革の引き金になるのかもしれません。
たつき先生は「心と魂の進化」が訪れ、「心の時代」が到来すると予見しているんです。
具体的なビジョンを描くことは難しいですが、先生の目に映るのは、なんと人々が喜びに満ちあふれ、活き活きと暮らしている未来だと言います。
この視点を聞くと、ふと心が温かくなり、希望の光が見えてくるような気がしますね。
もちろん、私も大災難が起こらないことを切に願っています。
でも、仮にそのような事態が避けられないとしても、やっぱり前向きでいたいですよね。
生きている限り、そこには明るい未来が待っていると信じること。
それこそが、どんな困難にも負けない強さと希望を与えてくれるのではないでしょうか。
さまざまな説
たつき諒先生が予言したとして、たちまち2025年7月5日は注目される日となりましたが、実は巷ではこの2025年7月5日に起こるさまざまな説が存在します。
南海トラフ地震説
2025年7月5日に起こるのは南海トラフ地震なのではとも噂されています。
南海トラフ地震では元々太平洋側の被害が大きいと予想されているため、たつき先生の予知とも一致する部分があります。
また、南海トラフ地震では津波の到来も予測されています。
たつき先生が見たフィリピン沖の海底爆発というのが、南海トラフを指すのか、或いは何か人為的な要因から爆発が起こり、それに起因して南海トラフ地震が発生するということも考えられます。
たつき先生が「大災害」ではなく「大災難」と表現しているところも気になる点です。
南海トラフ地震については、今後30年以内に起こる可能性が80%とも言われているため、いつ来てもおかしくない状況ですが、いずれにしてもいつ来ても対応できる準備は必須だと感じます。
隕石が墜落するという説
理論物理学者の保江邦夫氏が、2025年7月5日にフィリピン海周辺に隕石が落下すると予言し、話題になっています。
保江氏はNASA関係者から非公式に入手した情報だと主張していますが、具体的な根拠や情報源は明かされていません。
この予言については疑問に思う点もいくつかあります。
まず、NASAは公式にこの予測を発表しておらず、保江氏以外の情報源も見当たりません。
さらに、隕石の大きさや被害規模などの具体的な情報も不足しており、客観的な評価が難しい状況です。
一方で、保江氏の学術的背景や、たつき先生の予言する時期と重なることから、隕石の落下により海底爆発が起こるのではとも言われています。
2025年は、アフリカのブンジュ村やアメリカ先住民のホピ族の予言でも大きな変化が起こるとされています。
しかし、科学的な観点から見ると、これらの予言を裏付ける証拠は今のところ存在しません。
NASAは地球に接近する小惑星を常時監視しており、直径140メートル以上の天体であれば、100年先まで軌道を予測することが可能と言われています。
現在のところ、2025年7月5日に隕石が落下するという予測は発表されていません。
ですが、もしNASAが対応できない事態となっている場合は、混乱を避けるために発表されていない可能性も否定はできません。
とは言うものの、具体的な根拠がない以上は、隕石落下による災害ということについては信憑性が低いように思います。
富士山が噴火するという説
富士山は活火山で、そう遠くない未来に必ず噴火を起こすと言われています。
その噴火が2025年7月に起こるのではという噂が囁かれているのです。
こちらの噂については明確な根拠は示されておりません。
それでも、このような噂を耳にすると、将来の災害に対する心配が増すのは自然なことです。
もし2025年7月に巨大津波が日本列島を襲い、さらに富士山の噴火が重なったとしたら、日本は深刻な危機に直面することになります。
噴火により火山灰が広がれば、交通網は麻痺し、物資の供給が滞る可能性も。
鉄道や飛行機の運行は停止し、道路にはわずか1㎝の火山灰でもタイヤが空転して走行できない問題が発生します。

規模にもよりますが、実は地震や津波よりも過酷な状況になってしまうのではとも思ってしまいます。
こうした可能性を考えると、富士山が2025年7月に噴火しなかったとしても、近い将来の噴火に備えて事前に準備をしておくことが重要なのだと実感させられます。
専門家のアドバイスを基に、防災対策をしっかりと整えておくことが、いざというときに大切だと思います。
太陽フレア説
太陽には活動の周期があり、特に活発な時期には太陽フレアと呼ばれる巨大な爆発現象が起こります。
このフレアは、電磁波や高エネルギー粒子を地球に放ち、様々な影響を及ぼす可能性が指摘されているようです。
特に、通信や電力網に大きな影響を与える可能性があり、例えば携帯電話やGPSが使えなくなる、ひどい場合には停電が発生することも考えられます。
総務省は2022年に、太陽フレアが引き起こす最悪のシナリオを想定した報告書を発表しました。
それによると、巨大な太陽フレアが連続的に発生した場合、通信網が機能しなくなり、交通機能の制限や大規模な電力障害が生じる恐れがあるとされています。
現代社会においてインフラが止まってしまうととんでもない大混乱が起こることが予想されます。
デジタルに頼ってしまっている私たちが、対応して行くことができるのでしょうか。
家族との連絡が取れなくなった際の対処方法については、事前に確認しておく必要がありそうです。
太陽の活動はおおよそ11年周期で、まさに2025年は活動期にあたる年とされています。
シュミレーションによると2025年の6月頃とも言われており、さまざまな説が飛び交っている中で、通信や電力にも障害が発生するとなると、もし津波が押し寄せてきたとしても情報がなく、対策のしようがなくなるということです。
こちらに関しては、都市伝説というよりは科学的に計算されているので、2025年に起こっても決しておかしくはありません。
これは本当に最悪の事態ですが、いろんなことが重ならないことを祈るばかりです。
2025年7月に関する世間の反応はどのような感じでしょうか。
「2025年7月、なにかが起こる…?」
最近、そんな不穏な噂を耳にすることが増えてきました。
特に、7月5日という具体的な日付まで出てくると、さすがに不安になってしまいます。
実際に、SNS上でも様々な反応が見られます。
【事実と仮定と備え】
私見で恐縮ですが、お耳に入れたい方にだけお伝え申し上げます。
2025年、日本時間7月5日午前4:17にフィリピン沖南海トラフの直南の海域に天体衝突の可能性が高まっています。…
— seiichiro 医師医学博士細川博司 (@hiroshi3517) February 3, 2025
2025年7月5日に地球が滅びる、という予言があります。何十年も先を見据えた投資より、今を大事にするのも必要かもしれませんわ
私は隕石説を推してます pic.twitter.com/m1nABsWMz0
— 雪美・ローリストン・リバモア (@phr6yoVNBd76307) February 10, 2025
明けましておめでとうございます
しかし、ところで、、、◉今年2025年7月5日の大災難、たつき諒と その他諸々の予言者が言っていることが外れますように、、、
(皆に広まれば、外れるような気がします、、、) pic.twitter.com/ijRnf4kKrs— 海老澤 功 Isao Ebisawa (@ebisquez) December 31, 2024
2025年7月5日の地球への隕石衝突説は科学的根拠のない噂である。この説は漫画家たつき諒先生の『私が見た未来 完全版』に由来し、大災害の予言が含まれる。しかし、NASAによる隕石衝突発表の情報も誤りであり、公式発表は一切されてない。社会的不安や不確実性が噂の拡散を助長する要因となっている。
— コタロー (@headlock_K) September 10, 2024
さまざまな説が浮上しているだけに、ネット上の反応もさまざまなようです。
どの説が正しいのか、全て外れるのかは分かりませんが、とにかく起こらないことを願う反面、準備だけは念入りにしておくことが最善の策と言えそうです。
2025年7月に向けて私たちができること
2025年7月5日に大災難が起こると予言されていますが、私たちはどうすれば良いのでしょうか?
これに対する答えとしては、起きる可能性があるのであれば、備えておきましょう!ということです。
災害時の備えとして、飲料水や保存食、常備薬など備えている人も少なくないと思います。
ですが、期限の確認や本当に必要なものが全て揃っているかなど、こまめにチェックしている人は少ないのではないでしょうか。
是非この機会に自宅の防災グッズの見直しをすることをおすすめします。
また、にわかに信じがたいかもしれませんが、量子力学の分野では、「引き寄せの法則」というものが存在します。
これは、「自分が思ったものが実現する」ということだそうです。
災害の予言に対して不安を感じるのではなく、「対策をしたから被害は少ないはずだ」といった前向きな気持ちを持つことで、事態が良い方向に進むという考えです。
少しスピリチュアルに感じるかもしれませんが、「祈り」や「願い」は私たちにとってとても身近なものであり、科学的な根拠があるのかもしれません。
人々の祈りが実を結び、2025年が穏やかな年になることを願っています。
まとめ
たつき諒先生の『私が見た未来 完全版』を読み終えて、正直なところ、とても複雑な気持ちになりました。
東日本大震災を予言していたという事実を知ったときは鳥肌が立ちましたし、2025年7月5日という具体的な日付を突きつけられると、不安な気持ちも拭えません。
特に、津波の描写は生々しくて、もしも現実になったら…と想像するだけで恐ろしくなります。
南海トラフ地震や富士山の噴火、隕石の落下など、さまざまな説が飛び交っているのも、不安を煽る一因になっていると感じます。
しかし、一方で、たつき先生の予言は、私たちに「未来への希望」も示してくれているとも考えられます。
2025年の大災難は、決して人類の終わりを意味するものではなく、その先には「心と魂の進化」が起こり、より良い世界が待っていると彼女は語っています。
それに、予言のすべてが的中しているわけでもありません。
結局のところ、未来は誰にもわからないし、変えられる可能性もあるのだと思います。
いたずらに不安がるのではなく、たつき先生の言葉を教訓に、「もしも」に備えながら、前向きに生きていくことが大切なのではないでしょうか。
防災グッズの見直しや、家族との連絡手段の確認など、できることから始めてみようと思います。
そして、2025年7月5日を過ぎても、私たちが笑顔で過ごせる未来を信じたいです。
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